2017年05月16日

飼えないペットのこと 追記です。

昨夜か今日の未明、他の人のことなどをブログに書いて良心がとがめていたためか、乗り物に乗り遅れた夢を見てしまいました。
自分が使わなくなって、ほかの人が役立つと思えた切符を人に配っていて、乗るはずだったバスに出発されてしまった夢。しかもどこかへの旅行中。
でもきっと追いつけると思って走り出したところで目が覚めました。朝でした。
「ああよかった。無事に家に帰れてて」と安心した次第です。

今日友人から電話があって、例のペットを飼いたがっていた人は引っ越すことになり、戸建ての家を探しているそうです。
マンションは持家で売却するのか人に貸すのかわかりませんが、とにかく別居にも離婚にもならず落ち着きそうだということでした。
このことにもまた驚きましたが、両親の援助などがあって、それだけのことが可能になったようです。
人それぞれ置かれた状況が違いますから、自分には無謀と思えることも、人によってはちょっとした出来事に過ぎず、解決していくのかと思わせられました。
その人とは長時間いろいろなことを話して疲れましたが、何の役にも立たない結果だったと思いました。
でも今朝の目覚めがよかったので一日快適で、久しぶりに遅れていた夏野菜の植え付けなどをしました。

posted by kikyoukarukaya at 23:36| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日々思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

飼えないペットのこと

日常の中で何かを思うことが多くありますが、それをブログに書こうとするとある制限を感じて、書かずに終わってしまうことが度々あります。
ここに書いた人のことが、もしどなたかの知っている人だったら、などと考え自分の胸に収めてしまいます。でもひと月ほど前、ある集まりに参加していたとき、思いがけない話を聞き考えさせられました。
それはある人の飼うことができないというペットの悩みだったのですが。

住んでいるマンションでペットを飼えないので悩んでいる、とその人が言ったとき、真っ先に捨てられていた動物を保護したのかと思いました。
以前飼っていた病気の犬をみとった直後、年老いた真っ黒な大型犬が道を歩いているのを見かけたことがあります。
近くに高速が走っていて、飼えなくなったペットを遠くから捨てに来る人がいると聞いていましたので、そのような犬だろうと思いました。

飼い犬が死んだとき、とても悲しくずっと嘆いていましたので、もう動物を飼うのはダメ、と夫からくぎを刺されていました。でも歩いているその犬に心が動き、なんとかなつかせ飼ってしまおうと決心しました。
夫が反対したとしても、そのころの私は夫の弱みを握っていましたので、押し切ってしまおうと思ったのです。庭のウッドデッキを利用して犬小屋を作れないかとひそかに考えていました。でもそれにはその犬が私になついてくれることが最低条件でした。飛びかかってこられるようでは危険すぎると思ったのです。
その後も何度か見かけ、餌をもってあとを追いかけたりしましたが、警戒して私を見ては逃げるばかりです。
私がその思いを人に話すと、市役所の人に頼んで保護してもらったら、と言われましたが、夫との交渉を踏まなければと思っていたので、すぐには行動に移せませんでした。
そうこうしている内にその犬の姿は見かけなくなってしまいました。誰にも引き取ってもらえず、きっと保健所に連れて行かれてしまったのだと思いました。それからはずっと悲しく、その犬のことが忘れられませんでした。
そんなわけで夫との交渉には至りませんでしたが、先日、ペットが飼えない、という人の悩みを聞いた時、真っ先にそのことを思い出したのです。(ちなみに夫の弱みとは、そのころの夫はものすごい浪費家だったということです。地味な私に比較して。
息子が中学生のころ「家には金持ちと貧乏が暮らしている」といわれたほどなので、ここという時には、私はこの宝刀を使います。と言っても私がこれを使ったのは、さんざ悩んだ挙句にワンちゃんという病気の犬と、猫に襲われていたカラスを飼ったときだけでしたが)

飼えないというペットの詳しい話を聞くまで、もし捨てられていた動物がいるというのだったら、自分が代わりに引き取ってあげても、とその時思いました。でもその人から聞く悩みというのはこうでした
ペットショップで、ある「動物」をご主人に相談せずに数十万円ものローンで買ってしまったというのです。相談すれば、動物嫌いのご主人に反対されるから、既成事実を作ってしまったのだそうです。
マンションでは動物を飼うのは禁止なので、別居や他に引っ越す話や、離婚話までに発展していました。
本当に驚いてしまったのですが、その問題を回避するためには、ペットショップの人に事情を説明し、謝罪し、まだ引き取っていないので購入を取り消してもらったら、とアドバイスしました。ローンの問題がどうなるかはわからないけれど、多少のペナルティは覚悟して、消費者相談のようなところに行ってみたら、とも言いました。
今からでも話を白紙に戻せないかという相談かと思ったのですが、しかしその人は、どうしてもその動物は飼いたい、諦められないというのです。
いくつもの弊害がある中でその動物を飼うようになれば、これから起こる様々なリスクや、思ってもみない問題が起こるかもしれないことをいくつもの事例を挙げて話しましたが、どうしても諦められないというので、もう言うべき言葉がなくなりました。そして話している自分自身がぐったり疲れ果てました。

そのペットを飼いたいと言っていた人の話は、何ら解決の糸口も見いだせないまま、その場はお開きになりました。
その時、いろいろなことを考えさせられました。まず執着ということ。人はなぜ執着に陥ってしまうのか。
どんなに執着しても、得られないものは得られないということを、経験としては学んでいます。
しかし問題は、そこに多少なりの選択の余地がある場合、誤った選択をしてしまうことの危険が伴います。
一つしか道がないならば、つまり自分の願いが完全に叶えられないことが分かっていれば、否応なく願いはあきらめざるを得ません、自然の摂理ともいうべきか、いくつかの例外はあるにしても、閉ざされた道は進まずに良かったと後になって思うことが多くあります。
願いを断念せざるを得なかったことが、その後に起こりうる窮地から身を守ってくれたかもしれないと思うことが多くありましたから。

ある出来事が自分自身に起こり、その解決策を探らなければならないとき、判断を誤ることはしばしばあります。誤った選択の果てにそれが許容されることもありますがそうでない場合もあります。
またこうした事例とは別に、思いがけないアクシデントに見舞われることもあります。
前述の言葉とは相反するようですが、そして飛躍するようですが、ある喜ばしくない出来事が起こっても、自力で解決できるうちは真摯な態度で事に臨めばよいのだと思います。
人生には自力では解決できないようなことがたくさんあると思いますから。
いつでも自分の立ち位置を確かめ誤りに陥らない生き方と、もし誤りに気づいたら、そこから軌道修正していけるような判断力を身に付けていかなければと思わせられた一件でした。

あれから1か月が経ちました。
友人が電話をしても電話が通じず、その後どうなったのか分からないと言います。
諭されたり、反対意見のようなことばかり聞かされて傷ついてしまったのか。
友人の知り合いで、私自身はこれまで2,3度会っただけの人で、その人の意思にかかわることでどうすることもできないわけですが、その後のことが少し気になっています。


posted by kikyoukarukaya at 00:01| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日々思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

2017年賀状

新年のご挨拶を申しあげます

昨年 18か月ぶりに車生活に戻りました
携帯も持たなかった私がスマホを持つ身となりました
11 12月にかけてはJR東日本のジパングを利用し 青森 秋田を旅行しました 北国 特に日本海側の冬の天候状況を考えずに計画を立て 天気には恵まれませんでしたが 三内丸山遺跡の見学が 特に印象に残りました
小雪舞う中 上田さんというご年配のボランティアの方が はるか縄文時代の人々の暮らしなどを丁寧に話してくださいました
雪は急に吹雪いたり 太陽が顔を見せたりの一日でしたが 歴史好きで古代ロマンに胸を弾ませていた娘を懐かしく思いながら施設内を巡りました 
新しい発見 発掘によって歴史が塗り替えられて行くことも学びました
昨年この他いくつかの旅行や美術館巡りなどをしましたが ほとんどが雨や複数回の雪に見舞われ 特に東北の旅行から帰ってからは日本各地の天気情報が気になるようになりました
今は暖かい春のおとずれが待たれます

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2016-11-29 11.50.02.jpg          青森市 三内丸山遺跡
     
様々なことが続いて起こる変動の時代ですが 
新しい年が皆様にとりまして 良いお年でありますようお祈り致します
本年もどうぞよろしくお願い致します

タグ:遺跡
posted by kikyoukarukaya at 22:29| 埼玉 ☔| Comment(0) | 私が育てたカラスの赤ちゃん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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